本当は怖い重力奏法1: もっともらしく見える/感じるワケ

公開日: 2015年10月7日水曜日 ピアノ 持論

こんにちは、リトピです

前回までは、「なぜ「脱力」は敵なのか」について連載しました。 最後まで読んでくださった方々なら、「脱力」奏法がいかに滑稽だったかがわかっていただけたかと思います。 今回は、別の奏法として有名な重力奏法について考えてみようと思います。

重力奏法がもっとらしく見える/感じるワケ

重力奏法とは、前の記事「なぜ「脱力」は敵なのか6: まとめ ~打鍵後の脱力はダメ~」で話題になったあの重力を利用した奏法らしいですね。

重力奏法を愛する人たちは、重力奏法を説明する際、以下のような図1(b)のような弾き方を見せることがあります。

図1: 打鍵後の姿勢。Fは重力により鍵盤にかかる力。
(a)指だけで腕全体を支えた場合, (b)拳で腕全体を支えた場合

皆さんも図1(b)のように鍵盤に拳を置いて力を抜いてみてください。図1(a)の状態で力を抜くより確実に腕周りが楽に感じるはずです。

「おぉ、これが重力奏法か!完全に腕周りが「脱力」できる!」
「この感覚を、指で弾いたときにも感じられるように練習すればいいのか!」

...と、いう風に、もっともらしい形で重力奏法が正しいと感じてしまうワケです。 でも、その感覚を指での演奏で得ようと練習しても無駄なことは、前の記事「なぜ「脱力」は敵なのか5: 身体は鍛えるな。感覚を鍛えろ。」ですでに、理解しているはずです。 (るろ剣の外印なみの能力なら (以下ry))

えっと...拳で鍵盤を弾くと腕周りが楽に感じる!?

あったりめーじゃねーか!!(心の叫び)

普段、「脱力」という言葉に苦しんでいる方々からすれば、実際に楽に感じてしまう、というのがこの重力奏法導入の厄介なところ。残念ながらこの感覚、指でのピアノ演奏には全く関係ありません。 拳だけでピアノを弾きたいのであればこれでいいですけど。。。 と、いうわけで、よく考えないといけませんね。

では、なぜそう感じてしまうのか。 まず、指と拳の太さが違うことに注意してください。ちょっと考えればわかりますが... 指一本で腕立てふせは無理。でも拳なら?さらには手のひら全体なら?そして両手なら? どんどん簡単になっていきますよね。体重は軽くなっているわけではないのに。 それは、単位面積あたりにかかる力、圧力(正確には応力だが、割愛)が下がっているからなんです。

では、図1のように、指と拳で弾いた場合、各部位にかかる圧力はどうなるのでしょうか。 以下、図2を見ながら考えてみましょう。

図2: 図1で打鍵している各部位 (a) 指、(b)拳で使用されている領域

まず、圧力の計算式は以下の通りです。

  1. P = F / S (S: 力のかかっている部分の断面積) ・・・ (1)
各指にかかる圧力を以下のように置いておきましょう。
  1. 指の断面積: P1
  2. 拳の断面積: P2
次に、簡単に考えるために指と拳を完全な円柱と考えます。(ちょっとラフすぎ?) 円筒の断面積Sは円の面積なので、以下の式が成り立ちますね。
  1. S = π x r2 (r:円柱底面の円の半径) ・・・ (2)
各指の断面積を以下のように置いておきましょう。
  1. 指の断面積: S1
  2. 拳の断面積: S2
各部位の半径を測ると以下のようになりました。
  1. 指の半径: r1 = 5 mm
  2. 拳の半径: r2 = 15 mm
各部位の半径には以下の関係があるみたいですね。
  1. r2 = 3r1 (拳の断面の半径は、指の断面の半径の3倍) ・・・ (3)
式(2)と式(3)から各部位の断面積には以下の関係が現れます。

  1. S2 = 9S1 (拳の断面積は、指の断面積の9倍) ・・・ (4)
ここで、図1での腕の質量は(a), (b)ともにほぼ変わらないため、Fを一定とすると、式(1)と式(4)から、以下の関係が導かれます。
  1. P2 = 1/9 P1 (拳にかかる圧力は、指にかかる圧力の9分の1)
つまり、拳で腕全体を支えた場合、指で支えた場合に比べて、単位面積当たりに感じる圧力が9分の1になるわけです。 片腕の質量 (約3 kg) [詳細は前の記事「なぜ「脱力」は敵なのか5: 身体は鍛えるな。感覚を鍛えろ。」を参照]なので、最初の方に考えていた「この感覚を、指で弾いたときにも感じられるように練習すばいいのか!」を実際に行うとするならば、片腕の質量を9分の1にしないと、拳で支えていたときと同じ感覚にはなりません。つまり以下の表のようになります。

表1: 指と拳の感じる圧力を、指で支えた場合の例

あはは、そりゃ豚肉のパック4人前なら、全く鍛えなくても指だけで支えられそうですね。 それとも、重力奏法を謳う人たちは、我々の片腕の質量を300 g程度まで減らせ、とでも言うのでしょうか。。。

以下、まとめ。
上記図1(b)の拳で弾いた場合の感覚は、重力奏法をもっともらしく見える/感じることができるものなのですが、実際の指でのピアノ演奏には全く関係ないものなのでした。 皆さん、今後はこういうお話しに惑わされないようお気をつけましょう。 昔、私も、なんでこんな話に引っかかって、重力奏法なんて取り入れて練習しようと思ったのだろうか... 上記のようにちょっと考えればわかることなのに...

なお、この連載「本当は怖い重力奏法」では、いかに重力奏法がピアノ奏者にとって恐ろしいかを物理的に考え、我々はどう対処すべきかについて述べます。 最後にまとめとして、なぜ「重力奏法」や「脱力奏法」を謳う人たちがいて、なぜ彼らは成功している(ようにみえる)のか、を考察してみたいと思います。

次回の記事は「腕の自由落下による打鍵は危険!」です。

では。

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2 件のコメント :

  1. 重量奏法は腕の重さが手首で分断されないように手の中の虫様筋を使うのです。掌の筋肉を働かせることで腕と指は脱力できるのです。

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    1. コメントありがとうございます。ただ、すみません、腕の重さが「手首で分断」とはどういうことでしょうか?

      「重さ」とは、「物の質量 x 重力加速度」という【力】の一つですが、それが「手首で分断」される状況がいまいちわかりかねます。

      もしこれが「手首が下がる」という意味であれば、その原因は、腕の重さが手首で分断されている……のではなく、単に【重力】によって垂れ下がる腕の【支えの力】がないからそうなってしまっているだけ。
      参考: http://lppianolife.blogspot.com/2017/10/16.html

      それに、手の中の虫様筋は、2-4指の第三関節を曲げることができる【だけ】なので、手首を上げる要素にはなりませんから、仮にそこを使ったとしても、手首が下がることは防げませんし、腕と指は脱力できません。

      もし脱力できると思っているのであれば……物理的に考えれば、それはアナタなた様が力を使っている感覚が鈍っていると言わざるをえません。

      試しに、その構えをする前に、反対の手で上腕の中心、または前腕の中心を掴み、その中の筋肉の動きを感じられるようにしてから、ピアノの上でその構えをしてみてください。

      そのとき、どちらかの腕の中の筋肉が盛り上がる(= その筋肉が収縮し力が使われている)ことがわかると思います。(地球上にいる我々は、腕の力を使わない限り、手首が下がることを防ぐのは不可能)


      いろんなロシア奏法の解説を見ると、大抵、重たい腕や体の重さという大きな負担を手や腕にかけすぎて【自身がどのタイミングでどれだけの力を使っているか】という感覚が鈍っているように感じます。。。

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