番外編5: 【力み】の発生理由とその対策方法

公開日: 2016年1月17日日曜日 ピアノ 持論

こんにちは、リトピです。

ピアノでよく言われる「脱力」。そのアドバイスの内容は「無駄な力、余分な力を抜きなさい」だったり「でも力は抜きすぎない」だったり。。。うーん、よくわからないですね。「脱力」で言われているアドバイスの本当の意味については記事「特集: ピアノ界における「脱力」のまとめ」でまとめていますので、そちらを参考にしていただければ幸いです。

ここでは、なぜ「無駄な力」「余分な力」と呼ばれる【力み】が発生してしまうのかを考えてみるとともに、その対策方法も同時に考察してみます。

【力み】の発生理由とその対策方法

ある【力み】が発生すると、それらを「無駄な力」「余分な力」と呼び、とにかくそれ自体の【力を抜こう】と必死になる方がいらっしゃると思いますが…それは、ちょっと待ったーーーー!

なぜ自分自身がその【力み】を欲しているか、一度でも考えたことがあるでしょうか?それを理解せずに、ただ単に【力を抜こう】とすると、もう「臭いものに蓋」状態。下手すると、それを繰り返してしまい、大変危険な状況に陥る場合があります(詳細は、記事「番外編2: 「脱力」というワードは危険」を参照)。では、これから【力み】の発生理由とその対策方法を一つ一つ見てみましょう。

発生理由1. 自らの意思で強く力んでいる

例えば、握りこぶしを【自らの意思】で固く握っている場合。要は、「強く握りたい!」と思って、実際に強く握って【力み】を発生させている場合です。

この【力み】を抑えるのは非常に簡単。「強く握りたい!」という【自らの意思】を抑えればすみます。つまり、「普通に握ろう。」と思えばいいのです。この場合は、「力を抜こう」と思っても悪くなさそうですね。でも、ピアノを弾いていてこの状況で困ることはほぼないでしょう。だって、単に、強すぎる【自らの意思】を抑えればいいだけですから。

発生理由2. どれくらい力を入れていいか予測できない

例えば、牛乳パックを持ち上げたとき。牛乳パックが空だと気付かずに持ち上げると、強めの力で思いっきり持ち上げてしまって、「あれっ、軽い!?」とビックリすることありますよね。これが「どれくらい力を入れていいか予測できない」ときに起こる【力み】です。

この【力み】を抑えるには、当然、「対象がどれくらいの重さなのか」を知ればいいわけです。空になった牛乳パックを2回目に持ち上げるとき、この牛乳パックは空だ(この牛乳パックはパック本体の重さのみだ)、というのを知っているわけですから、同じ【力み】は発生しないですよね?

注目すべきは、このときに我々は何を考えているのか。恐らく、対象物の重さがわかった後、「次は、どれくらいの【力を入れれば】よいのか」を考えれているはずです。間違っても、「次は、もうちょっと力を抜いてみよう」なんて考えないはずです。力の抜き具合は、対象物が(持ち上げる物の重さが)一緒でも、身体の調子によっても力の入り方が変わったりするので一定にはなりません。しかし、力の入れ具合はどうでしょう。対象物が(持ち上げる物の重さが)一緒なら、当然、物を持ち上げるために必要な力は同じなので、力の入れ具合は一定になります。

ピアノでは、例えば、音を伸ばすために鍵盤を押し続けるとき。鍵盤のキーを押し下げるのに必要な力は約0.48 ~ 0.488 N (『楽器の物理学』, 丸善出版(株), p.361参照)、つまり、たった約50 gを持ち上げる力と同等です。それがわかれば、音を伸ばすとき、どれくらいの力で鍵盤を押し続ければよいかがわかるので、【力み】を減らすことができます。ただし、地球上には【重力】があることを忘れずに(詳細は、記事「なぜ「脱力」は敵なのか6: まとめ ~打鍵後の「脱力」はダメ~」を参照)。

発生理由3. オーバーワークになっている

今できる以上の速度を求めている場合

例えば、馬力の大きい車と小さい車では、同じ高速スピードを出そうとしたとき、馬力の小さい車の方が安定しません(車の安定度は、本当は全体のバランスが重要だと思いますが…)。乗っている人は、高速だけれども安定しない車にビクビクし、身体に【力み】が発生するかもしれません。

ピアノでは、指を動かす神経細胞の数の多さで指を速く動かせるかどうかが決まります(参考文献『ピアニストの脳を科学する 超絶技巧のメカニズム』)。指を動かす神経細胞の数が少ないときに、速く弾こうとすると、馬力の小さい車同様、とっても苦労するので、速く弾こうと頑張ろうとするあまり、【力み】が発生する恐れがあります。この場合、指を動かす神経細胞の数が少ないのが原因なので、いくら力を抜こうとしても無駄です。つまり、力を抜いたからって速く弾くことはできません。

この【力み】を抑えるには、まず、自分が弾ける範囲の速度で練習することです。そして、少しずつ指を高速に動かすための神経細胞の数を増やしていきましょう。神経の発達に関しては「急がば回れ」です。

今できる以上の精度・正確性を求めている場合

(追加日: 2016/09/01)

人間は、動作の精度・正確性を高めようとすると力みます。これは、「 ピアノのための脳と身体の教科書 第07回 「力み」を正しく理解する (1)力み(りきみ)とは何か?」によれば、間接を固めることで、精度・正確性を脅かすノイズに耐えようとしているからです。その例を以下に示します。

針の穴に糸を通そうとすると、指先の震えを減らそうとして、指や腕、あるいは肩に力が入りますよね。この時の同時収縮は、まさに脳が「動作を正確に行おう」と思った結果、起こっています。

引用元: ピアノのための脳と身体の教科書 第07回 「力み」を正しく理解する (1)力み(りきみ)とは何か?

つまりこれは、「正確に弾こうと思うから、力む」と言えます。ではこの【力み】を取り払うにはどうすればいいのでしょうか。実は、答えは非常に簡単で…ピアノを弾くときに「正確に弾こう!」と思うのを止めればいいんです。

「えっ…?」と思うかもしれませんが、上記の話によれば「正確に弾こうと思うから、力む」わけですから、その【力み】を取り除くには、その【力み】の原因になっている「正確に弾こう!」と思うのを止めるしか方法はありません。

そもそも、正確に弾こうと思ったところで、正確には弾けないです(身体の意識的なコントロールは不可能です)。かといって、上記内容を読む限りでは「力みがなくなる(力を抜く)から、正確に弾ける」わけでもないです(正確性を高めようとすると力むので)。

演奏の正確性を高めるには、「正確に弾く練習」が必要です。ここでは具体的なお話はしませんが、演奏時に(1)確認、(2)準備、(3)行動の3つを意識できるような練習をすることで、力まずに正確な演奏が可能になってきます。これは「速く弾く練習」に似ていますね(詳細は、記事「「ゆっくり弾くこと」の罠4: 「速く弾く練習」の具体例」を参照)。その内容の「速く弾く練習」の目的部分である「速く弾く」を「正確に弾く」に変更して練習すればOKです。

発生理由4. 緊張している

本番、舞台で思うように弾けないのは、緊張によっておこる震え、【力み】が原因の可能性があります。ただし、ここで「力を抜け!」というアドバイスは明らかにおかしい。

なぜなら、緊張しているときのアナタは、力んでいるから緊張しているわけではなく、緊張しているから力んでいるんですよね?考えるべきは、力の抜き方ではなく、緊張のほぐし方ではないでしょうか。私のおすすめは、緊張を「武者震い」に置き換えて、「舞台で弾く」という日常と違った雰囲気を楽しむ、です。緊張なんてなかった、と思えば、自然と震えや【力み】がなくなるでしょう。

発生理由5. 適切な支えがない(バランスが崩れている)

「力を抜け」というアドバイスが最悪になるパターンが、この時に発生する【力み】を取り除こうとするとき。例えば、急に後ろから押されたとき、倒れないように(バランスが崩れないように)、足などの部位が必ず【力み】ます。さて、これを「無駄な力」「余分な力」と呼んで、抜いてよいのでしょうか。もしここでこれらの力を抜こうとすると、せっかく倒れないように支えていた力が失われるわけですから、バランスがもっと崩れます。身体が倒れないように他の部位がもっと【力み】頑張るかもしれません。その別の部位を痛めるか、もしくは、最悪、耐えられずに身体が倒れて大けがをします。

この状態において使われている力は、ピアノにとっては無駄かもしれませんが、自分にとってはバランスを崩さないようにするための【必要な力】なんです。自分がその【力み】を欲している原因も調べずに、その部位の頑張って力を抜こうとするなんてとんでもない!

この【力み】を取り除くには、身体のバランスを保つための「適切な支え」が必要です。これは、「適切な支え」でバランスよく立って・座っていれば、バランスを保つために必要な力をあまり使わなくなるので非常に楽だ、という状態です。「適切な支え」についてはまた後日、別の記事でご紹介しようと思います。

まとめ

初心者に多いのが#2, 一般的に悩まれるのが#3,#5, 本番で困るのが#4だと思います。このように場合分けできれば対策もしやすいでしょう。「脱力」が「無駄な力を抜け」だの「フニャフニャにはしない」だの、適当で曖昧なアドバイスになっているのは、これらの力みの原因をごちゃ混ぜにしているからでしょう。しかも、ちゃんと考えると「無駄な力」なんてないんです。

ピアノが楽に弾けるのは、ある動作を行うための【必要な力】が少ないからです。もっと正確に言えば、より大きな力を出せる部位に、ある動作を行うための【必要な力】を任せれば、ピアノを楽に弾くことができます。身体に発生する【力み】は、何らかの理由で自分が欲している【必要な力】です。何の脈絡もなく、その力を抜くのは大変危険であることはご理解いただけたかと思います。

そう考えれば、安易に「脱力」なんて言えなくなるはず。例えば、単に力を抜くのではなく、より大きな力を生み出せる部位(肩など)を利用することで、全体の【必要な力】が少なくなることだってあります(参考記事「番外編4: 「脱力」で、高速和音打鍵は絶対に出来ない」)。

なぜ力の【入れ具合】なのか

なぜ、力の抜き具合ではなく、力の【入れ具合】という考え方が良いのでしょうか。それは、人間の脳が「力を抜け」という指令を筋肉に送れないからでしょう(詳細は、記事「番外編1: 重力を利用した演奏方法の正しい解釈」を参照)。

ちなみに、「脱力」した感覚は「楽だ、という状態」の間違った感覚なのですが、その感覚は、上記の【力み】がなくなった後に感じます。要は、力を抜ける(「楽だ、という状態」を味わえる)のは、問題が解決した後(【力み】が取り除かれた後)、ということですね。つまり、「脱力」というアドバイスは、単に感覚の間違いだけではなく、問題解決をするための方法としては使えない、ということです。面白いですね。

あれ?指は(肉体的に)鍛えなくていいの?

そして、上記の対策方法の中で、「鍛えろ」という単語もなかったことにお気づきでしょうか。よくピアニストの筋肉の話を見かけますが、あれは、「その筋肉があるから、ピアノが上手に弾ける」んじゃなくて、「ピアノが上手に弾けるから、その筋肉がある」んです。もうちょっと詳しく言うと、ピアノが上手に弾けるようになる(身体を動かす神経、脳の発達が良くなる)【過程】で、身に付いてきた筋肉が良質なだけです。

単に筋肉があるだけでピアノが上手になるんだったら…スポーツ選手やボディービルダーは、今のプロのピアニストよりもめっちゃくちゃ筋肉があるので、プロ以上の演奏ができるはずですが、そんなこと絶対にないですよね?そのため、「鍛えろ」というアドバイスもおかしい。適切にピアノを弾いていれば、指を動かす神経がキチンと発達し、(意識をしていなくても)必ずそれに見合う良質な筋肉がつきます。

ピアノを適切に弾かず、無理に鍛えてしまうと、神経の発達もままならず、それに見合った(?)おかしな筋肉が付く可能性だってあります。そもそも、ピアノを弾くのが大変だと感じるのは、もともとパワーの出ない部位に、ある動作を行うための【必要な力】を任せようとしているからです。そこをどう頑張って鍛えても、その【必要な力】に耐えられるだけのパワーはその部位には得られません。どんなに鍛えても、指は、絶対に腕より太く、強くはなりませんよ。ですので、皆様は「脱力」や「指を鍛えろ」という言葉には十分お気をつけて。

では。

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